高松高等裁判所 昭和47年(く)3号 決定 1972年2月22日
少年 T・Z(昭二七・八・二〇生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は別紙記載のとおりであり、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。
事実誤認の主張について。
所論は要するに、少年は、原決定が認定するような兇器準備集合の非行を犯したことがないので、原決定には重大な事実の誤認がある、というのである。
よつて記録を調査して検討するに、少年は、昭和四六年七月二六日午前五時ごろ、千葉地方裁判所執行官が、同裁判所の決定した、新東京国際空港建設用地内第一六地点などの妨害物除去・土地明渡しの仮処分命令執行のため、成田市○○○○○○×、×××番地の×付近の現地に臨んだ際、除去の目的物のある柵内に、ヘルメットを被つた覆面スタイルの学生二〇名位とともに、同様のスタイルで竹槍様の棒を持つて立てこもつて居たものであり、これらの学生は、執行官のマイクによる立ち退き要求に応ぜず、警備に当つていた警察の機動隊員や、盛土を崩して道造りをしていた公団のブルドーザーに対し、糞尿弾、石塊、火えん瓶等を投げて激しく抵抗し、又柵内で竹槍を構えて突撃練習をして気勢を挙げるなどの行為をしていたもので、そのため仮処分の執行は約四時間に亘り阻止されたが、同日午前九時過ごろ、ついに検挙又は排除の命令が出され、少年は同日午前九時二〇分ごろ、前記竹槍様の棒を振り廻わして激しく抵抗の末逮捕されたものである、ことを認めることができる。少年は終始黙秘して語らないため、いかなる目的で右柵内に居たかは状況によつてこれを判断するの外ないが、右認定の事実からすれば、少年は右仮処分の執行を実力で妨害阻止するため、同所に集まつたものであり、少くとも兇器の準備のあることを知り、かつ右目的達成のためには他人の身体に害を加えてもやむを得ないとの意思を有していたものと考えるのが相当であり、原決定の事実認定には誤りがないというべきである。従つてこの論旨は理由がない。
処分が著しく不当であるとの主張について。
所論は要するに、原裁判所が、本件に対し保護観察の処分をしたのは不当であり、よろしく不処分決定をなし、少年の自力更生と家庭や学校の指導にまかすべきである、というのである。
よつて検討するに、本件は前認定のように、地方裁判所の仮処分命令の執行を実力で妨害阻止するため、兇器を準備して集合し、約四時間の長きに亘り激しく抵抗した事件に参加し、行動した非行であり、法秩序に対する公然激烈な攻撃として軽視することのできない非行である。そして右集団における少年の地位役割は明らかではないが、少年がはるばる高知県から出向いて参加しているところから考え、弥次馬が群集心理にかられたまたま公安事件に関係したような場合と同視することはできず、少年に対しその責任の重大性を知らせ、強い反省を促す必要のある事件である。そのうえ少年は、終始黙秘して非行を認めようともしないので、本件については少年法二〇条により検察官送致決定をなし、公判の場でその責任を明らかにするようにしても必ずしも不当とはいえない事件であつたと思われる。
しかし他面少年はまだ高校生であり、家庭裁判所調査官の調査報告書によれば、高校二年の時から学生運動に走り、学校の指導に従わず種々問題を起して来たが、未だ非行前歴はなく、知能が高く、純粋で真面目な少年であるため、方向さえ誤まらなければ、将来に大きな期待が持てるので、できれば保護的な措置で善導することが望ましく、幸本件の調査審判を通じ幾分反省の色があらわれ、立ち止まつて考えてみようという態度がうかがわれるので、本件をいちがいに保護になじまぬ事件とまでいうことはできない。論旨は本件は政治犯、思想犯に該当し、かかる事件を保護観察に付することは官憲による思想統制の危険につながり相当でない旨主張する。しかし政府の施策等が自己のいだく理想社会への道に反するとして反体制運動を展開することは自由であるが、目的のためには手段を選ばないとの性急な考にとらわれ、法秩序の枠を越えた行動をとることまで是認することはできず、保護処分を受けることはやむを得ないところであり、特に本件はまだ高校生として人格形成の途上にある少年が、純粋なるが故にかえつて一部の人の影響を受け、いちずな学生運動をするうち本件非行に至つたものであり、前記のように多少反省のきざしがみられるとはいえ、これまで成功しなかつた家庭や学校のみの指導にゆだねてこれを放置することは、少年の性格やこれまでの行動傾向から考え十分な措置とはいえず、将来少年が、好んで同傾向の者と交友し、同様の運動に熱中するうち自分らの運動の成果のあがらないことへのいらだちや、孤立感から再び本件のような非合法な運動に参加する虞もあり、少年を合法の枠内にとどめるために助言指導の手をさしのべるパイプとして保護観察の措置をとることが相当であると思われる。ただかかる少年を保護観察に付し果して成功するかどうかにつきなお疑問がないわけではないが、前記調査報告書によれば、保護観察所においては保護観察の新しい分野として本件のような公安事件をも受け入れ積極的にこれと取り組むため受け入れ態勢の整備につとめていることが認められるので、その努力に期待すべきであり、その効果がないものと予断して処分を避けるべきではないと思料する。
よつて原裁判所の処分は相当であるというべく、論旨は採用できない。
よつて少年法三三条一項後段により、本件抗告はこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 呉屋愛永 裁判官 宮崎順平 小田原満知子)
別紙
1 事実誤認
原判決は、少年に兇器準備集合罪の成立を認める。しかしながら全証拠によるも、少年に予めの共同加工の意思、加害目的、兇器の準備行為、又は準備してある認識を認めるに足りる証拠がない。
少年は、新東京国際空港建設反対の意思表示のため、昭和四六年七月二五日同建設用地内第一六地点に集合したにすぎず、当時加害の目的、兇器の準備行為もなく、又準備されている認識になかつた。
しかるに、原判決は証拠に基づかず、集合罪の成立を認めた重大な事実の誤認がある。
2 処分の著しい不当性
仮りに少年に各非行があつたとしても、
(1) 本件は政治犯・思想犯に該当するもので、本来少年法の対象とする非行とその類型が根本的に異り、国家機関による保護・指導が、憲法の保証する個人の思想・良心の自由に干渉する危険性が大きく、保護観察に適しないものである。
(2) 更に、少年は、今までやつたことに問題がある、考えて行きたいと自主的反省をし、自己の努力で、改善の意思を表明し、本件以後学校の出席率もよくなり、学習意欲面にも充実して来ているうえ、調査官も認めるごとく正義感・責任感が強く、将来性のあるもので、かかる見地から少年は、本件を契機に人間の社会性に対する理解も深まり、精神生活も飛躍的に進歩したと認められ、少年は本来的に暴力を否定しており、同種の前科、前歴もなく、警察官はマークしておらず、高知において赤軍派等の過激分子は存在せず、少年も過激分子と交渉がなく、そのうえ、全国的に活動が沈滞期にあつて、少年が本件類似の行動及び過激な行動に出ると予想できない。又家庭、学校も少年の保護・指導を放棄せず、各努力している現況である。
(3) 本件類似の少年事件は、全国的に不処分の処置が、そのほとんど多数を占め本件少年の行為には実害のないこと(公務執行妨害罪)、上記のとおり、自己による精神的生活の発展を考慮すると、本件処分は著しく不当である。
なお千葉家庭裁判所の平戸勇四郎調査官は不処分相当の意見である。